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自己犠牲って必要?

こんにちは。石井です。
土曜日日曜日と研修会に参加するために東京に行ってきました。

約24時間ホテルに缶詰め
もう缶詰めって聞くだけで疲れませんか?
缶詰めの中は空気が循環しないから?
日の光が入ってこないから?
もしかしたら、研修会が好きじゃないから?笑

まぁ缶詰めになっただけあってそれなりに収穫もありました。
ただ一つだけ気になることが。
研修会の資料に書いてあった一文。
「自己犠牲の精神で努力する」

自己犠牲とは、
何らかの目的や他者の為に、
自己の時間・労力・身体・生命をささげること。

自己犠牲って必要ですか?
もちろん自分だけが良ければいいとか
他者のために何かを捧げることがよくないとか
そういうことを言いたい訳ではないです。
実際に自己犠牲が当然のように行われてきた時代もありました。
自分の時間を捧げてなんぼ。
自分の労力を削ってなんぼ。
それが当たり前の時代があったんです。
でも、「当たり前」って時代と共に変わります
過去の当たり前が現在の当たり前にならないものまた事実。
自己犠牲が美しいモノ、
組織の上に立つものなら自己犠牲をして当然、
これは決して当たり前にしてはいけないんじゃないか。
そう思うんです。

他者の為に自分の何かを捧げるって、
いくつか条件があるような気がします。
・自発的に行っている
・他者に捧げるだけの余裕がある
自分から自発的に行わないと、
それをやることでやりがいとか楽しみがないと、
これほど辛いものはないです。
自分が疲弊していきます。
そして、いくら自発的に行っていたとしても、
自分に余裕がなければどんどん疲弊していってしまう。
これって自分の為にも他者のためにもなりません。

自分が楽しくて夢中になって、労力とか時間とか使っていたら、
それが結果として他者のためになっていた
これが自己犠牲になるんじゃないですかね。
そもそも犠牲じゃないですけどね。
多分、「犠牲」って言葉が良くないですね。
これ決して人から言われるものではないです
人から「自己犠牲しろ」って言われたら、それはもう強要ですからね。

自分のことは自分でしか守れないし、
自分を大切にすれば余裕も生まれてくる。
だから時間も労力もまずは自分のために。
大切だと思うんです。
自分を大切にして余裕が生まれたら、
それを人のためにお裾分けしてあげる。
決して自分が犠牲になる必要はないと思います。

あなたも何か自己犠牲していないですか?
それは自分から進んでやっていますか?
捧げるだけの余裕はありますか?
まずは自分を大切にしてあげましょうね。

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石井正久/マサ

石井正久/マサ

上毛電鉄「中央前橋駅」から徒歩1分にある小谷薬局の4代目です。 「漢方で改善できる症状を確実に良くしていく」をモットーに子宝・婦人病・気象病を中心に漢方カウンセリングをしています。オーダーメイドの煎じ漢方もやっています。薬剤師。ラグビー・筋トレ・甘いもの好き。